2017年11月24日金曜日

第38回 質実剛健講座レポート

2017年11月21日。
何日か前に36年ぶりの気温となり、夜になると寒さが堪えるようになりました。

38回目の質実講座、タイトルは『これでいいのか日本の死因解明〜〜』。
ジャーナリスト/ノンフィクション作家の柳原三佳さんを講師に迎え、日本の司法解剖と身元確認の問題について切り込む回は、どこか遠くに感じていた「司法解剖」「検死」について考えてみるきっかけとなる機会となりました。

以下聴講レポートです。
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◆前段
柳原先生と、開成学園とのつながりは開成の創始者である佐野鼎。柳原先生の家系は佐野鼎と血縁であるものの、世の中には佐野鼎の資料があまり残っていないため興味を持って取材するようになったということです。
来年2018年、講談社より取材が本になった「佐野鼎ー開成を作った男」が出版されます。

佐野鼎についての資料がなぜ残っていないかというと、死因がコレラだったからだと言われています。当時コレラ患者のものは感染を防ぐために焼かれてしまったということです。

柳原先生が、日本の司法解剖を真剣に取材するようになったきっかけは、ご自身の趣味であるバイクの仲間が亡くなった時、「本当に死因がちゃんと究明されていない」と感じたことでした。
またお父様が医療事故で亡くなったり、柳原さん自体も手術後に体の中にガーゼが置き忘れられていることが発覚し再手術を受けるという医療過誤の当事者になったことも大きかったそうです。

◆アジェンダ
1 「死因究明」「身元確認」の現実
2 身元取り違えはなぜ起こるのか?
3 諸外国の死因究明
4 東日本大震災の現場から
5 被災地の歯科医師が経験した身元究明
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1 「死因究明」「身元確認」の現実

▼"バイク事故"で見つかった高校生
  友人たちと出かけたはずが、一人の少年だけ戻らない。
 3日後に高速の脇で見つかり「事故による頚椎骨折」と警察に説明される
 ↓
 死亡現場を写真で確認する(講座では写真も映されました)
 草むらに仰向けで亡くなっている姿・ヘルメットが横に置かれている・草原に放置されて死亡しているのに死体が汚れていない(通常は虫がついたり鳥につつかれたりする)
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 診断した医師に取材
「何を根拠に頚椎骨折と診断したのか?」
 ↓
「警察にそう書けと言われた」

この講座では、日本の死因究明に当たる捜査や資料について、こういった流れがあまりに多いことを何度も目の当たりにさせられました。どの事例も衝撃的で、自分たちが「安全な国に住んでいる」と思っているのは一連の捜査によって作られた幻想に過ぎないのではないかという思いが湧き上がります。

その後、少年の両親は同行の友達の名を上げて刑事告訴しましたが不起訴になり、単独事故として処理されました。遺体は解剖されることなく、事件が究明されることもありませんでした。

▼日本の死因究明については解剖現場からも声があがっている
13年前、千葉大学の岩瀬博太郎教授が匿名で訴えていてもインパクトがないため決意。
柳原先生が取材に協力し『玉砕覚悟の実名告白』として週刊誌に実名記事を掲載、
 
その後、この件は本にもなりましたので詳しくは岩瀬先生と柳原先生の共著をお読みください。
焼かれる前に語れ~司法解剖医が聴いた、哀しき「遺体の声」
岩瀬教授のこちらの本も
死体は今日も泣いている 日本の「死因」はウソだらけ (光文社新書) 新書

例えば、複数人が犠牲となる保険金殺人など、
最初の被害者が出た時に「自然死」でなく「殺人」としっかり捜査がされれば、次の殺人は防ぐことができて、また犯罪の抑止につながるかもしれない。
ところが、死亡現場であっさりと「事件性ナシ」と判断されるとそれ以後の捜査が一切されないのが日本の現状なのだそうです。

ニューヨーク出身の男性が一人暮らしの自宅で死亡して死後1週間に見つかった事件では、
家族に電話で「病死です」と伝えられて終りかけた。
驚いて日本に来日した家族が駆けつけて司法解剖を要求。
警察は渋々、司法解剖の下のランクに当たる簡易な”承諾解剖”を許可すると、頭蓋骨に大きな亀裂骨折が見つかる。慌てて司法解剖に切り替えて再調査した結果、死因は「東武打撲による脳挫傷」に変更された。しかし事件は「事故死」として片付けられてしまった。警察は「台所で転んだかなんかでしょう」と述べ、挙げ句の果てに「マシューさん(被害者)の頭蓋骨は普通の人より2倍薄いようですね」と被害者家族に対して心無い発言をしたとか。

この事件経過を知った柳原さんは警察に取材を申し込むと、
「我々は『死体3現場7』の割合で捜査している」と回答があった。
つまり、現場死体は刑事の「経験」と「勘」で事故死と自然死がほぼ判断されている。

マシューさんのご家族は、
「日本には素晴らしいものがたくさんあるが、死因究明の文化は日本の恥ではないか」
「死因を明らかにすることは社会のためでもあるのではないか」
という言葉を残されています。

アメリカでは、明らかな病死以外は解剖するのが常識だそうです。
日本では、「死体を切り刻まれたくない」という市民の思いも反映されているのか、死後の解剖は行わない方向でことが進みます。
しかし国が自ら動くことがない以上、民間が気づき、声をあげなくては何も変わらないでしょう。

2 身元取り違えはなぜ起こるのか?

日本では、死体と遺族が面会して身元確認するのが通例。
しかし「家族が死んだ」と伝えられて気も動転している上、損傷した死体を目の当たりにして冷静な判断ができない場合もあります。

例えば、9歳と6歳のいとこが車にはねられた事件。
一人は死亡して、一人は重症で両親がそれぞれ遺体安置所と病院に呼びつけられましたが、取り違えだった、という事例があります。
母親が「事故にあうと顔まで変わるのか、、、違う!これは従兄弟の方よ!」と気づいたので発覚した経緯がありましたが、これはまず歯科医が見れば「9歳と6歳が取り違えられることはない」ということです。

日本では、海外と違って一件一件を丁寧に検死する文化がありません。


3 諸外国の死因究明
日本では、亡くなった当日やすぐに「死因は自殺とみられる」などと報じられることがありますが、先進国ではそんなことはありえない、という国がほとんどです。
前述したように、アメリカでは明らかな病死以外は解剖するのが常識。
フィンランドでは後になって問題が出た時に備えて、2年間は、血液・尿・胃の内容物を保管します。

身元究明も遅れています。
国民全員がデンタルチャートをとって、クラウドに保管しておけばいざという時に役立つのです。
が、日本では「個人情報の漏洩」「歯医者同士の連携のなさ」などが障壁となりほぼ実施されていません。

4 東日本大震災の現場から
 2010年3月11日 東日本大震災直後、千葉大学法医学教室の医師と歯科医師は翌日から被災地に入った。
そして、次々と運び込まれる死体を卓球台や会議室の机などを集めて検死台にしてデンタルチャートを作った。
死後時間が経ってしまうと、口が開きにくくなり歯が見れなくなると、切開する権限のない歯科医師は「これは死体毀損に当たるのではないか?」と躊躇した。
そこに「とにかく開けてください。私が全責任をとります」と全体に指示し調査を進めさせたのが、岩手医科大学の出羽教授でした。
被災地に集まったボランティアの医師・歯科医師、被災地のチームが協力して調査が進められました。この調査は今も続いています。

5 被災地の歯科医師が経験した身元究明
岩手県釜石市の鵜住居地区で歯科医院を経営している歯科医師の 佐々木憲一郎先生のお話もありました。
泥だらけのファイル泥だらけのカルテ 家族のもとに遺体を帰しつづける歯科医が見たものは? (世の中への扉)。

ご自身も被災しながらも「自分の患者のカルテを提供しなくてはいけない」という強い責任感から、3/11直後からカルテの自主提供を公共施設に身元不明者とカルテ情報の照合を申し出ました。
しかし、返答は「個人情報なので渡せない」でした。。。
損傷した遺体では、DNA鑑定はほとんど役に立たず、生前の髪の毛や爪などが保管されていればまだ手がかりとなりますが、なかなかそういうわけにはいきません。
日本人はほぼ全員が子供の時から歯の治療を受けており、歯は最後まで残ることが多いため日航機墜落事故などでも身元確認の有効な手立てとされました。
佐々木先生は、 未だ見つかっていない地域の人々を最後まで探すことを誓い、現在も捜索と調査に協力しています。

 
 







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